奇妙な形の野菜たち

Literature, photograph, music, guitar, and alcohol (sake, whiskey). What I love and never stop

僕がこの地球で食べてきたもの

例えばゴルフで、初めてのメンバーさんと同じ組でラウンドする。前半の9ホールが終わりランチの時間になれば4人はもう打ち解けている。「空博さんはどんなお仕事されているのですか?」と、そういうタイミングで聞かれることが多い。僕が自分の仕事(長期間アフリカやアジアや中南米で水資源開発の仕事をしていること)を簡単に説明すると、

「それは大変ですね、お食事とかどうされているのですか?」

と聞かれることが多い。あるいは、僕はいくつかの大学で非常勤の講師をしているが、講義が終わると学生から、

「先生、アフリカでいったい何を食べてるんですか?」

と聞かれることもよくある。みなさんアフリカの食事に興味があるのか、それともそんなに長いこと日本食を食べずに大丈夫なのかと心配してくださっているのか、あるいはその両方か。興味をもたれることは良いが、僕は皆さんからご心配をいただくことをすこし意外に感じている。例えば、アフリカに割烹料理屋があって、お刺身か湯豆腐を肴に熱燗で一杯ということは絶対にあり得ないが、僕は別にアフリカでそれをしたいとは思わない。湯豆腐で熱燗は、神楽坂か荒木町あたりの小料理屋でいただくのが美味しいのである。また、僕は基本的に仕事での出張なので宿泊はホテルだ。僕を含めて外国人が泊まるようなホテルにいる限り、レストランでは普通の洋食、例えば朝食だったらパンに卵料理にサラダ等を食べているので僕は全然それで困るようなことはない。ただ、普通の海外出張ビジネスマンと違って僕はフィールドの調査がある。それは砂漠だったりサバンナだったり、そしてホテルも外国人が泊まるようなホテルでは無い。そういう時の食事が皆さん気になるのかなと思うので、今日はそんな話をしようと思う。

僕が贔屓にしている寿司屋の大将は、客が寿司の写真を撮影することを快く思っていない。「いったん付け台においた寿司は客に売ったモノだからしょうが無いですけどね、あんまり良い気分ではないですよ」と大将はよく言う。僕は大将の気持ちがよくわかる。レストラン等で提供された料理の写真を撮るという行為は、携帯電話、そしてスマートフォンの普及に伴って日常的になってきた。これは僕の感覚だが、特に女性にそれが多いと思う。おそらくSNS等で、「今日のランチはお寿司食べたよ!」的に友達にアピールするのが目的ではないだろうか。あるいはインターネットで頻繁に見かける食レポサイトに投稿する人もいるだろう。

僕は、良い料理を食べるという行為はその時の一瞬の芸術であり、その時間とその場にいる人たち(すなわち料理人、ホールスタッフ)の間にある気分、空気そしてお店の意匠、それらが全て合わさった芸であるから、写真なんて撮らずにその全てを味わった感覚を自分の記憶に止めておくべきだと思う。それは、美術館に行って、展示してある絵画を、あるいは彫刻を写真に撮る行為と同じだと思う。そんなことをしては、芸術鑑賞にはならない。

また前フリが長くなってしまった。

という訳で、僕は食べることが(呑むことはもっと?)大好きであるが、料理の写真を撮ることは主義ではない。何が言いたいかというと、今回のブログでご紹介する写真はしたがって、僕が撮影したものではない、ということをまずお伝えしたかったのである。同じプロジェクトの同僚達、あるいは現地で僕たちのアシスタントをしてくれているエンジニア達が撮った写真である。したがってフィルムで撮影した写真ではない(エジプトの1枚を除いて)ということでもある。

エチオピアの村の食堂でランチをいただく僕

水のペットボトルが3本あるので、きっとこのときは3人だったのであろう。僕の大好きなエチオピアの伝統料理ワットとインジェラのランチ。エチオピアはアフリカ54カ国の中で唯一独自の文字(アムハラ語)を持つ国、すなわち、歴史と文化がある国である。したがってエチオピア料理は、シンプル極まりない他のアフリカ諸国と比べて異彩を放っている。インジェラは我々のご飯やパンのような主食、炭水化物である。エチオピアは高地で土地も痩せているため、米や小麦の栽培は難しい。そのため稗(ひえ)や粟(あわ)の仲間であるイネ科のテフという穀物が主食だ。エチオピアではテフの粉を水で溶き、その後3日かけて醗酵させて生地とし、これを巨大な鉄板で薄いクレープのように片面だけを焼き上げてインジェラを作る。ワットはおかずであり、肉、野菜、豆類を煮込んだ料理で、シチューの様だったりキーマ・カレーの様だったりする。この日は3種類のワット、そのお皿の下に敷かれている分厚い布のようなものがインジェラ。この写真ではインジェラの様子がわかりにくいので、一人前で頼んだ状態の写真をお見せしよう。

ワットとインジェラ一人前

お盆の上にインジェラが敷かれ、その上にこれはラムかな?のワットと、横にちょこんとスパイス。まずインジェラを適当な大きさにちぎり、それでワットをつまみ、スパイスをチョンと付けて食べる。とても美味しい。ビールが欲しくなる。

次はお隣の国、スーダンに行ってみよう。

豪華スーダンのフルコース・ランチ

スーダンには古来より、さまざまな外来文化、すなわち北アフリカやアラブ、あるいはトルコやエチオピアからやってきた商人がスーダンに様々な食材を持ち込んだとされている。主な食材は、小麦と羊肉、牛肉、トマト、ゴマ。特にゴマはスーダンの主要な輸出品である。この日はスーダン政府のエンジニア達とフィールド調査に行く途中立ち寄った食堂でランチ。パンも野菜もお肉もみんなワンプレート。北アフリカの多くの国では、野菜はキュウリでもトマトでも葉物でも、なんとタマネギでも、生でかじるのが基本。右側の小さなお皿にのっている白いものは、山羊の乳から作ったチーズ。丸いパンに肉と野菜、そして塩気のある山羊のチーズを少し乗せて包んで食べると実に美味しい。ワインが欲しくなる!

そして食堂の軒先に間借りして営業しているお茶屋さん。食堂からチャイ何杯って叫ぶと、まったりと甘いチャイをもってきてくれる。

チャイ屋さんの女性達。お洒落です

次はスーダンの北側のお隣さん、エジプトに行ってみよう。

エジプトは世界四大文明の1つ、紀元前3000年から2000年にかけて生まれたエジプト文明ナイル川の堆積でもたらした肥沃な大地が育む豊富な食材、実に多彩な料理が楽しめる国である。カイロにいれば・・・、の話だが。僕がいたのは砂漠の遊牧民(ベトウィン)の国、シナイ半島の砂漠である。食事の事情もカイロやナイルデルタの都市部とは全然違う。

南シナイの街、エル・トールの食堂でランチ

エジプトの主食はアエーッシュと呼ばれるパン(写真手前の丸い円盤状のパン)。僕たちは座布団パンと呼んでいた。アエーッシュは旧約聖書に出てくる“種なしパン”(無発酵のパン)で堅く噛み応えがある。古代ではアエーッシュはユダヤ教キリスト教において典礼における聖餐の際に食された。それの由来となった最後の晩餐では、イエス・キリストが弟子とともにアエーッシュを食べたとされている。現代ではほぼ、朝、昼、晩、3度の食事の主食はアエーッシュである。この日のおかずは、羊の挽肉に何かを混ぜてこねてから串に巻いて焼くコフタ(3皿あるソーセージ状の肉)とレンズ豆のスープ、そして切っただけのトマトとにんじん。アエーッシュの中は空洞なので、エジプト人は半分にちぎり空洞を広げ袋状にすると、そこにコフタや野菜を詰め込みサンドイッチのように食べる。エジプトのコフタは実に美味しい。これもビールが合うだろうなぁ。

調査でいったん砂漠に入ると、もうそこは食堂どころか砂以外には何もない。日帰りで町に帰れる調査の時は、アエーッシュと山羊のチーズを持っておなかがすいたらボソボソと食べる。ボソボソとしているが、噛めば噛むほど味わいが出てきて僕は好きだった。数日にわたるときは野菜、アエーッシュ、そして生きている羊を連れていった。写真はハラルに基づいた処理、すなわち家畜がもっとも苦しまない方法で屠殺しているところ。喉仏の真下の、気管・食道・頸動脈・頸静脈の4つが交わる箇所を一気に切り、血液は自然に落下させる。

砂漠でイスラム務め、責任、使命を果たすため許された(ハラル)羊を食す
(僕のフィルムによる撮影です)

エジプト人はまず客人(この関係では僕たち)にまず羊の頭のスープでもてなす。味付けは少量の塩だけだがとても濃厚で美味しい。1973年にリリースされたローリングストーンズのアルバム「山羊の頭のスープ」は当時、動物愛護協会からの抗議を受けた。しかし僕たちは尊い命をいただいて、生きていき、新しい生命を生み、命を繋げていく。生きるということはそういうことだと思う。

さて、アフリカ北部から離れて、サブサハラ(サハラ以南のアフリカ)の食事事情を見てみよう。最もアフリカらしいアフリカの国、ステップ高原に赤いマントのマサイ族が走るタンザニアでの食事。

タンザニアの主食、プランテインとヤマ・チョマ

プランテインはアフリカの多くの国で主食となるバナナである。しかし我々が果物として食べるバナナとは違い、皮の色は緑で、バナナ自体も甘みはない。アフリカの人はこれを焼くか煮るかして、おかずと一緒に食べる。今でこそアフリカの人もライスを食べるようになったが、1990年代の中半頃までは、主食と言えばこのプランテインと、ウガリというトウモロコシの粉を蒸したものであった。この日のおかずはヤマ・チョマ。ヤマは「肉」でチョマは「焼く」のスワヒリ語だが、実際は焼いていない。牛肉の素揚げだ。これにライムを搾り、塩をパラパラかけて食べる。とてもシンプルだが、これがリアルアフリカ。ここまででお見せした北アフリカエチオピアとは大分様子が違うのがわかる。

タンザニア、カゲラ州で巡り会った焼き空豆

カゲラ州はルワンダと国境を接している山岳地域である。このときはあのルワンダの大虐殺の難民キャンプのプロジェクトで訪問したときである。車の前輪のタイヤがバーストして走れなくなり、救助が来るのが次の日になったのでその日は車中泊をせざるをえなくなった。僕は用意してあった非常用の食料を食べると言ったが、ドライバーが近くの村に食堂を探しに行った。あいにく食堂は見つからなかったが、村長さんが、かわいそうな日本人に食事を提供したいとのオファーがあり、ご馳走になることになった。ずいぶん沢山のアフリカの国々に僕は行ったが、こんなところで焼き空豆が食べられるとは夢にも思わなかった。これは熱燗が欲しい!

さて、他のアフリカはほぼタンザニアの食事事情と同じなので(焼き空豆を除いては)、一気にアジアに飛ぼう。まずは僕の大好きな国、ラオス。ここもネパールと同様、別に発展しなくても良いのでは?このままの方が幸せなのでは?と開発の仕事をする僕にそう思わせる美しい国だ。でも、お料理が美味しすぎて長くいると太るので僕は大嫌いだ。

ベトナム的?スープ・ヌードルと生野菜、味付けはライムと唐辛子とヌクマム

ここはラオス南部、僕の大好きなマルグリット・デュラスの名作「ラマン」(邦題:愛人)の舞台になったサバナケット。泊まっていたホテルの朝食の時間が遅いので、朝は早く出る必要がある僕はいつも通り沿いの小さな一軒家で営業しているベトナム風のスープ・ヌードル。朝、かなり早い時間から営業してくれているので、助かった。どれぐらい朝が早いかって?スープ・ヌードルを作ってくれる女性達はまだパジャマのままであることからそれは想像して欲しい。

作ってくれるのはパジャマ姿のお姉さん達

サバナケットの東部、ベトナムとの国境が近い村の食堂でランチをとる。ラオスのご飯(お米)といったら日本の餅米のようなご飯だ。それをこの籐で編んだかごに入れて出してくる。今日のおかずは鹿の干し肉(ご飯の上)と野菜の炒めもの(鹿の隣)。鹿の干し肉は噛めば噛むほど旨みがでてくる。これはウイスキーとやったらたまらないはずだ。

ラオスのご飯はもち米が定番。もっちりとしていて冷めても美味しい

食堂にメニューなんか無い。今日出せる品の1つずつ客に見せて決めさせる。これが鹿の干し肉

今日は鹿の干し肉があるわよ!

ナマズの鍋もできるというので頼んだ。ナマズを輪切りにして鍋に入れ、ゆだったらいろんな野菜を入れる。淡水魚だがまったく臭みはない。非常に美味しい。

ナマズは豪快に輪切りだ

さて、最後はチャイとチャパティーだ。僕はインド、ネパール、パキスタンスリランカバングラデシュ、カレー圏(僕が勝手にそう呼んでいる)の国々は全て行った。しかもそれぞれの国でほぼ全部の県や州は行き尽くしている。日本はほとんどどこも行ってないが・・・。カレー圏の国で、僕のフィールドワークを大いにサポートしてくれたのは、なんと言ってもチャイとチャパティーだ。シナモンとスパイスの香ばしい香りが引き立つ、まったりとしたミルクたっぷりのチャイ。それに焼きたて熱々のチャパティーをくるくる巻いて食す。これならどこの村でも、食堂は無くても、ちょっと人通りのある道の脇にはかならず見つかる。チャイとチャパティーはいつも僕を満たしてくれる。

四角いチャパティーは珍しい(スリランカ

インドではミルクも茶葉も水もスパイスも一色単に鍋で煮るが、バングラデシュはミルクにお茶を注ぐ。それぞれ作り方があるが、どれもほっこりと美味しい。

バングラデシュのチャイ屋さん

僕は、お料理はアートだと思う。そしてそれは、パリやニューヨークやトーキョーだけにあるものではない。人々が生活をしているところには、それぞれのアートがある。

だから皆さん、ご心配いただかなくても、僕は大丈夫なのです。