アフリカの人たちにとっての睡眠は、朝起きて夜に眠るという時計的なリズムではない。それは、太陽、月といった光、風や音、そして家畜を含む動物たちの気配といった自然界のサイクルに基づいた睡眠である。
僕が初めてアフリカ大陸の地を踏んだ1980年代の初頭には、すでにどの国も都市部の人々の生活は、睡眠も含み時計的なリズムに支配されていた。しかし僕の仕事のフィールドである地方部に行けば、自然のサイクルにそった生活をしている人々がいて、若かった僕にとってそれはアフリカの美しい神秘の一つに見えた。
日の出と共に活動は始まり、太陽が最も強く照りつける時間は休息をとり、日が沈むと火をおこし食事を取り、澄んだ虫の音だけが静かに響くサバンナの夜の静けさの中で眠りにつく。電気も水道もガスも無い。生活のリズムはすべて自然界の光、風、音の変化にゆだねられている。このアフリカ諸国の地方部の睡眠事情は、減少しつつあるとは思われるが、2026年現在も変わらない。
日本人にとって最もイメージしやすいアフリカの人々の生活、それはサバンナの大草原を走る赤いマントのマサイ族、あるいは北アフリカの砂漠地帯をラクダやロバとともに移動するベトウィンに代表される“牧畜民族”の生活であろう。マサイ族やベトウィンのような牧畜民達の睡眠の文化は、「多相睡眠」といわれている。夜明けとともに家畜の世話や移動で忙しいため、昼寝や夕方の短眠が日常に組み込まれている。このような睡眠スタイルは、古代人類の睡眠パターンにも近いといわれている。


一方、産業革命前の中世ヨーロッパでは、日没から深夜までの3~4時間を眠り、深夜に自然に起きて1~2時間過ごし、そして明け方まで3~4時間眠るという「二分割睡眠」が自然な生活の中での睡眠であった。深夜の短い覚醒時間は、宗教的な祈りや瞑想もあったという文献もある。また、当時はこの「二分割睡眠」は社会的に当然視されており、医学的にも健康的であると信じられていた。
日本ではどうであろうか。まず、日本は世界的にみて睡眠時間は短いことで知られている。2021年に発表された経済協力開発機構(OECD)の平均睡眠時間の各国比較によると、先進国を中心にした世界33カ国のうち日本はもっとも短く、1日あたり7時間22分である。睡眠時間が一番長いアメリカは8時間51分であり、日本人よりも1時間半も長く睡眠をとっている。また、男女別にみると、睡眠時間の短い日本において、女性の方が男性より睡眠時間が平均13分短い。すなわち、世界でもっとも眠っていないのは日本の女性ということになる。さらに、成人のみならず、子どもにおいても世界で一番睡眠時間が短いのも日本である。別の調査によると、日本ではどの年齢の子どもも、医学的な年齢別推奨睡眠時間よりも最大で2時間近く足りていないことが発表されている。
しかしながら、こんな日本も江戸時代では、夜中に一度目覚めて再び眠る「二分割睡眠」が自然な習慣であった。これは電気のない時代に暮らしていたためで、夕方に寝て夜中に起きて小さな活動(灯りの確認、襖の開け閉め等の室内温度調整etc,)をし、再び朝まで眠るという生活がごく普通に行われていた。
ここで一つ考える事ができるのは、アフリカの「多相睡眠」も、中世ヨーロッパや江戸時代の日本の「二分割睡眠」も、 “眠る”と“起きる”の境界が緩やかなのが特徴であるということである。そしてこの“緩やかさ”、それは1994年ノーベル文学賞受賞講演で大江健三郎が語った「あいまいな日本の私」の中で表現された「あいまいさ」に通じるところがあると僕は思う。しかし現代の日本では「あいまいさ」は悪であり、けたたましい目覚まし時計にたたき起こされ、朝から晩まで激務をこなし、極限の疲労とともに深夜に帰宅をして、朝まで死んだように眠るといった睡眠文化が当たり前になってしまった。そんな今こそ我々は、アフリカに来てこの「多相睡眠」の文化を見るべきではないだろうか。しかしながらおそらく多くの人は、「“そんなこと”を見るために高い航空運賃を払って、少ない有給休暇を消費してアフリカなんかにいけるもんか!」とおっしゃると思われるので、今日は皆さんに写真で、アフリカの「多相睡眠」文化をお見せしようと思う。


上の運送業者と同様、仕事道具で仕事途中に疲れたらコロッと寝る、これぞまさに「多相睡眠」の極意ではないだろうか



まさか・・・、と思って、写真を撮ってからもお父さんが動き出すまで僕は30分近くこの場を立ち去れなかった
さて最後に、世界で最も睡眠時間が少ない日本人の端くれである僕の睡眠文化を考察してみよう。
夕刻とはいっても、まだ明るい時間から早々にオフィスを引き上げると僕は、街灯の灯りに吸い寄せられる虫たちのように酒場に向かい、毎晩バーや小料理屋のカウンターで飽きもせずに酒を呑む。家に帰れば決して遅くは無い時間から早々と眠りにつき、そして死んだように朝まで眠る。海外出張中の僕は、オフィスから帰るとまずは自分の宿泊しているホテルのバーに直行だ。海外出張の場合は、酒場から自宅までの苦痛の時間、そう満員電車に乗っている時間が無い。これはまさに天国である。満員電車の時間をそのまま至福のバーのカウンターで過ごし、その直後から深い眠りにつくことができる。
「僕も年を取ったよ、睡眠時間がすごく短くなった」
「最近、必要も無いのに朝早くから目が覚めちゃって、それ以降は眠れないんだよ」
「夜中に何度もトイレに起きるようになって、どうも熟睡できない」
大学の同級生達と久しぶりに集まると、こんな話で盛り上がる歳になってきた。しかし僕といえば、そんな経験はこの年になっても無縁である。僕は毎晩9時間、あるいは10時間と連続して子供の様に眠る。僕はきっと「多酒睡眠」文化を営む貴重な人種であり、ある日きっと文化人類学者の先生が僕の生態を調査しに来るのではないだろうかとおびえている。

猫こそ動物界の「多相睡眠」のスパースターではなかろうか。ザンジバルのストーンタウンには、16世紀のポルトガルの征服後に設置された大砲が今でも海に睨みをきかせているが、その下ではのんびりと猫ちゃんがお昼寝中


































































