僕が少年時代を過ごした地域に昔からある中学校は、男子生徒の頭髪は校則により坊主頭であった。僕の家は、小学校を卒業するとその中学校に行く学区に位置していた。小学生の頃、お兄ちゃんがいる同級生の家に遊びに行くと、それまで普通の髪型だったお兄ちゃんが突然坊主頭になっており、あぁ、このお兄ちゃんも中学生になったのだなと悟った。そしてそれは、その頃の僕にとって最大の脅威であった。だから3年生、4年生、そして5年生と学年が上がるにつれ、僕にとっては死刑執行日が近づいてくるような思いであった。
しかし時代は僕を救った。今と違い、まだ子供の人口が増えている時代だった。地域に新設の中学校ができ、新しい学区調整の末、僕はその新設中学校に通うことが決まった。そしてその中学校は僕たちが第一期生であり、校舎や諸施設もすべて完成しておらず、頭髪に関する校則はおろか制服もなかった。
「僕の髪が~ 肩までのびて~ 君と同じに~ なったら~ 約束どおり~ 町の教会で~ 結婚しようよ~ Whm...♪」
と歌った吉田拓郎の「結婚しようよ」が大ヒットしたのが1972年、僕が12歳になって中学校の1年生になった年であった。おかげで僕は丸坊主から免れ、しかも中学校の入学祝いに念願のギターを買ってもらった。僕は髪を伸ばし、ギターをかき鳴らし、勉強もせずに1970年代の若者達のサブカルチャー、それらはラブ&ピース、ヒッピー、ロック、長髪、サイケデリックな衣装etc.に飛び込んでいったのだった。僕は髪をなびかせ、「結婚しようよ~ Whm...♪」と歌いながら中学校に通った。
バカである。今から考えると(考えなくても)。いや、そんなことよりも、また話がそれてしまったので軌道修正する。
しかし今回は、髪の毛の話をしたいのだ。それもアフリカの人々の髪、すなわちアフロヘア。そのなかでもさらに、アフリカの女性の髪の話をしたい。2025年2月20日のブログ「ファッションとしての民族衣装(https://hskydoc.hatenablog.com/entry/2025/02/20/172535)」にも書いたが、アフリカではファッションを楽しむことにかけては女性の方が完全に勝っている。男性諸君、もう一度言う。負けてはいけない。
アフリカの人々の頭髪は、我々のように直毛ではなくチリチリと縮れている。アフリカの気候の特徴と言えば、やはり気温が高いこと、そして非常に高湿度であったり逆に極度に乾燥していたりする。さてそこで、二足歩行が可能になり、700万年から130万年前の期間にアフリカ大陸に生息していた最古の初期人類であるアウストラロピテクス(猿人)が、進化の過程で体毛が消えていったのに頭髪だけが残った理由を考えてみよう。それは、外的な刺激から頭を守るために違いないと思う。
頭部に影響する外的刺激とは、1)物理的な衝撃、2)高温、3)紫外線の3つがまず思いつく。物理的な衝撃に関しては僕も経験がある。インドネシアでは、堅いヤシの実が僕の肩に落下したことがある。肩の強烈な痛さは1ヶ月以上も残った。頭だったら死んでいたかもしれない。アフリカのザンビアでは、木の上から小動物が僕の頭部に落下した。僕の頭で一度バウンドした小動物は、地面に着地すると直ぐにきびすを返して逃げたので何の動物かはわからない。同行していたザンビア政府機関の技術者は、痛さで頭を抱えてうずくまる僕に、ヒガシグリーンマンバ(毒蛇)やヒョウじゃなくて良かった」と言ってくれた。猛毒を持つ緑色のこの蛇は木の上から獲物を狙い飛び降り、ヒョウは木の上を休息のための隠れ家としており、獲物を見つけると狙いを定めて飛び降りてくるそうだ。
まさかヤシの実や毒蛇やヒョウから守れるとは思えないが、それでも縮毛が膨らんだアフロヘアは、僕たちのようにペッタリと頭皮に張り付いた直毛よりもクッション性は高いと思う。
次は「高温」。アフリカでは高温から頭を守らないと、容易に熱射病や熱中症にかかる。僕は1980年代にインドで熱射病に罹り、高熱が続き危ない状態に陥ったことがある。長い海外経験で罹った病気の中では、マラリアとデング熱に次ぐ重傷であった。自然界で断熱に効果があるものといえば、空気である。魔法瓶や水筒、サーモスも空気で断熱している。縮毛で膨らんだアフリカの人々の頭は、たくさんの空気を溜め込んでくれるので断熱材の役割も果たしているのだ。
そして最後は「紫外線」。頭皮に直接紫外線を浴び続けると、直接的には皮膚の炎症や火傷(日焼け)を起こす。頭髪に含まれるメラニン色素は、有害な紫外線を吸収する働きがある。アフロヘアは隙間なく頭を覆い、紫外線から頭皮を守っているのである。
素晴らしきアフロヘア、素晴らしき人類の進化。そんなアフロヘアをソウル・ファンク界の名盤中の名盤、Margie Josephの1973年の名盤” Let’s Stay Together”のジャケットで見てみよう。当然のことながら僕はこれをレコードで持っている。1970年代のサブカルチャーに飛び込んだませガキが夢中に聞いたレコードの1枚である。当時は日本でも、俳優、ミュージシャンにアフロヘアは多かった。1970年代にライトフライ級の世界チャンピオンに輝いたボクシング界の大スター、具志堅用高選手もアフロヘアがトレードマークだ。当時、アメリカの音楽シーンで大活躍したアフリカ系アーティストの最もかっこいいヘアスタイルだと思う。

しかし、このアフロヘアも、もはや現代のアフリカの女性達は満足していないのである。女性の美にかける情熱は国境を問わない。少年時代、母親の美容院通いにつき合わされて何時間も費やしてパーマをかける母を待つ時間の長さに閉口したことを覚えている。父の床屋に同行しても、30分で終わるのに。近年のアフリカの都市部の女性達は、人類の偉大な進化により得られたアフロヘアの素晴らしい機能よりも美を追究する時代に入ったのである。
そんな女性達を、まずはここ、ザンジバルの僕のプロジェクト・オフィスでAdministratorとして総務・経理を一人でこなしてくれているタンザニア人女性のソフィアさんから紹介していこう。僕の感覚だと2000年代から、アフリカのおしゃれな女性達に付け毛(Hair Extension)やカツラ(Wig)が爆発的に流行はじめた。ソフィアは1,2週間でHair ExtensionやWig付け替えて大変身するのである。ある日突然ヘアスタイルが変わるのだ、まるで服を変えるように。

とても珍しい地毛(自毛)だけのスタイル。
これを見られるのは1年に一度ぐらいだと思う。

しかし1週間も続かず、突然のブロンドのロング・カーリーヘア(Hair Extension)に大変身

かと思ったら、次の週の月曜日にはブラウンのショート・カーリー(たぶんWig)

ショートに見慣れる前に今度は黒のロングで、「どうかしら?」、とは言わなかったが・・・、目が言っている?

まだまだ変わります、次の週も、その次も・・・
さて、ソフィアの写真を続けていたらブログが終わらないので、次にオフィスを出てザンジバルの都市、ストーンタウンにヘアスタイル観察散歩に出かけてみよう。

1972年のステービー・ワンダーの名盤中の名盤、Talking Bookのジャケットのヘアに似ている。ここまで編み込むのにサロンで2時間はかかるとのこと




男性用の床屋なんてお店にもなっていない。道路脇にプラスチックの椅子がおいてあり、そこに座ると櫛とハサミをもったおじさんが3分で刈ってくれる。バリカンだったら1分だ。


服のトーンとも実にマッチしている。

以前タンザニアで、自毛の編み込みとエクステンションに挑戦したことがあるという日本人女性に会ったことがある。彼女のその後の感想は、とにかく痛みと痒みとの戦いで、寝むれない日が続き、1週間も経たないうちにサロンに引き返し元に戻してもらったとのことだった。今回のブログでご紹介した女性達は、そんな苦労なんて微塵もみせない。みんなすごく元気で楽しそう。偉大な人類の進化で得たアフロヘアだけど・・・、今どき物理的な衝撃?ヤシの実や毒蛇やヒョウが落ちてくるか?・・・、高温?今や東京の夏の方がよっぽど暑いし!・・・、そんなアフリカチックな怖い経験なんて、もはやアフリカの人より僕の方が多いのだ。
偉大なる人類の進化の恩恵を保つことよりも、頭を守るという頭髪の生物学的な機能よりも、おしゃれが第一で楽しむ女性達を見ていると、アフリカって元気だなあと思う。男性諸君、(僕を含めて?)もう少し頑張ろう。



























































