奇妙な形の野菜たち

Literature, photograph, music, guitar, and alcohol (sake, whiskey). What I love and never stop

シナイ半島という地

最近のフライトではそれは非常に少なくなったが、昔は飛行機が目的地に近づくと客室乗務員が入国カード(Disembarkation Card)を乗客一人一人に配りに来た。このカードへの記入は、僕にとって実に憂鬱な作業だった。記入する項目は沢山ある。それらは、名前、住所、国籍、目的地での宿泊先、利用航空便、パスポートの詳細 etc., これらを小さなカードに、小さな字でびっしりと書かないといけない。そしてそれは必ず、上等のチーズを肴に極上のボルドーを楽しんでいる時、あるいは見ている映画が最大のクライマックスを迎えた時に来る。だから僕はこれまで何十のパスポートをもってきたが、全てのパスポートの番号、発行日、発行地、有効期限、etc., を完璧に記憶していた。他のビジネスマンのように、「それ」が来てから慌てて頭上のオーバー・ヘッド・ストーレッジからアタッシュケースを取り出し、ケースの中をかき混ぜながらパスポートや旅行日程表やら取り出しては書き、他の書類もまた取り出しては書き、そしてまたアタッシュケースにしまい込んで頭上の棚に戻すという無様な作業をしないように。

僕はざわつくビジネスマン達を尻目に、一人優雅にワイングラスを廻しながら、入国カードにサラサラとペンを走らせるのである。

入国カードの記入事項には、「宗教」という項目もあった。今、機内で入国カードを書かされることは少なくなったが、「宗教」という項目があるカードは、最近は見たことがない。大学を卒業してまだこの世界に入って間もない頃、僕はこのカードの「宗教」の欄に ”none” (無い)という字を書き続けているうちに、「ひょっとしたら、世界から見たら、宗教が無い方がおかしいのかもしれない」と思った時期が少しだけあった。僕が宗教について考えたのは、後にも先にもこの時ぐらいだった思う。その後は何も考えず、ワインを廻しながら ”none” である。

エジプトのシナイ半島は、旧約聖書出エジプト記で、モーゼがエジプト(たぶんカイロのことだと思う)から奴隷であったイスラエルの民(それが今のユダヤ人の祖先なのだろうか?)と脱出して十戒を授かったとされるシナイ山がある。僕は1989年から1993年までの4年間を北シナイ、そして1996年から2000年までの4年間を南シナイの地下水調査に従事していた。1991年、始めてシナイ山の頂上に登ったワイン廻しの達人は、言葉を失った。こんな光景は見たこともなかった。ここなら本当に神が降りてくるのかもしれない、と思わせる迫力があった。

シナイ山頂上からの景色。僕は、違う惑星に到着してしまったかと思った。

Wikipediaに拠ると、世界の宗教人口の第一位はキリスト教(20億人(33.0%))、第二位がイスラム教(11.9億人(19.6%))、そして第六位がユダヤ教(1,400万人(0.2%)である。写真は、そのシナイ山の麓、モーゼが神の声を聞いたといわれる地に5世紀に建てられたセントカテリーナ修道院がある。

そのモーゼが聞いた声の主は何の神だったのだろうか?キリスト教の神?それともイスラム教?あるいはユダヤ教?でも、ひょっとしたらそれは同じ神だったのでは?そこから3つの宗教に別れたのでは?僕にとって疑問はつきない。

モーゼが神の声を聞いたとされた地

セントカテリーナ修道院は、キリスト教のみならず、ユダヤ教イスラム教の聖地である。世界宗教人口の52.8%の人たちの聖地が、このシナイ半島にあるということである。当時の僕は(実は今も)、この様な世界史実に詳しくなく、この地がどれほど神聖な地か考えたこともなかったが、今、あらためて当時撮った写真を見ていると、その神秘性が少しだけ見えて来るような気がする。

砂漠の中の小さな集落にやってきた移動遊園地。
フェディリコ・フェリーニの映画のような世界だ。