奇妙な形の野菜たち

Literature, photograph, music, guitar, and alcohol (sake, whiskey). What I love and never stop

アフリカの時間

僕の写真の撮り方は、available light(自然光)で撮影するのが基本である。ストロボやフラッシュで、人工的に明るくするようなことはしない。室内や夕暮れの暗い野外も、暗い中でのavailable な lightで撮影する。そのため、・・・だけでは無いが、僕はミラーアップする一眼レフカメラは、もってはいるけれど、あまり使わない。暗い被写体を撮影しようとシャッタースピードを遅くしたとき、ミラーアップのショックが手ぶれを引き起こすから。だから僕のメインのカメラは、未だにレンジファインダーである。オートフォーカスも、露出計もない。カラー(ポジ)は主にライカ、白黒は主にニコンS2を使っている。巻き上げレバーでフィルムを一枚送り、レンズのフォーカスリングでピントを合わせ、露出を決めてからシャッターを押す。

ニコンS2は1958年に僕の父親が購入したものである。僕の幼少期の頃の写真は、主にこのニコンS2で撮影されている。このカメラは1958年当時、新品価格は83,000円であった。ちなみに1958年の大卒の初任給は15,000円、父の給料は当時30,000だったそうだ。それをある日突然、83,000円のカメラを買ってきた父を、母は何十年もたった今でも急に思い出しては父を詰る。父は他にも母に隠れて変なカメラを沢山もっていた。この恐ろしい病気は息子にも確実に感染している。

話がそれてしまった。available lightでの写真の撮影である。

レンジファインダーのカメラはミラーアップしないので、シャッターのショックが少ない。僕はシャッタースピードが1/15でも手ぶれせずにシャッターを切れる。一眼レフだと、1/30でも危ない。例えば大きな木があったり、あるいは建物の壁があったりして、そこに背中を押しつけ体幹を固定して立つことができれば、僕は1/8でもシャッターを切れる。暗いときは暗く、明るいときは明るく、室内ではその部屋の灯りの色を、そのままの光を撮したいのだ。

アフリカの人の時間の使い方は、僕の写真の撮影のスタイルとよく似ていると思う。一日で、自分が出来る範囲のことだけをやる。出来ない計画は立てない。今日できないことは、明日にまわす。徹夜してかたづけようとは思わない。一日は一日、二日ではないのだ。その一日の時間でできることをする。

これは僕の写真の撮り方と同じだと思う。

もちろん僕はアフリカに仕事で来ているわけであり、アフリカの人の時間の使い方で苦労したことを数えたら切りが無い。少しぐらいは残業してくれよ、提出の期限は守ってくれ、何度も何度もそれで困ったことはあった。若い頃はそれで怒ったことも沢山あった。でも、今、こうやって古い写真を見ていると、本当は僕たちが変えないといけないんだなと思う。時間の使い方を。

インド洋に面したタンザニアのムトワラは、漁業が盛んだ。子供達が魚を焼いて売っている。遠火でゆっくりと、じっくりと焼き上げた魚は美味い。僕は毎日仕事の帰りに一尾買い、ホテルのベランダでビールの肴となる。パラパラッと塩を振って。これは本当に美味かった。

宙を泳ぐ焼き魚たち

ムトワラの漁港。船に動力なんか付けない(たぶん、動力は買えないんだと思う。実際は。でも、それでも成り立つ社会と経済なんだなと思う)。手こぎで、あるいは帆で、その日行けるところでその日取れるだけの魚を捕る。

ムトワラの静かな静かな漁港。魚市場(画像右、バオバブの木の手前の茅葺き屋根の建物)も喧騒が全く無い。すごくゆったりしている。

町中の八百屋さんも、商売をしようという気迫が無い。その日に売れるだけを売る。

お客さんがきた時だけ、店主は窓から顔をだす

アフリカのバスは、バス停も時間表も無い。時間表なんてつくったって、時間通りに来るわけがない。でもバスの通る道は決まっているので、いつ来るかはわからないけど次に来るバスを待つ。

バスを待つおじさん。バス停なんか必要ない。

調査の行き帰りに、ペットボトルの水やちょっとした食料(ポテトチップ、ビスケット、缶詰)を買うキオスクのお姉さん。お客(僕たち)が来ても、ペットボトルの蓋でアフリカの将棋?に夢中。とてもゆったりした時間だ。

ちょっと待ってね!今、いいところなんだから

父の目、そして僕の目として、65年間も、そしてこれからも、
素晴らしい絵を撮しだしてくれるニコンS2。
おふくろ、こんな長く使えるんだから、もう許してあげてね。