僕の1980年代の仕事はアジアが中心であった。アフリカも1~2ヶ月程度の短期出張は年に1,2度はあったが、ほとんどの仕事はアジアだった。しかも、インド、ネパール、パキスタン、スリランカとカレー圏(僕はそう呼んでいる)の国が多かった。今では日本のどこにでもインド料理店(やっているのは何故かネパール人が多い)はあるが、当時は都内でも希だった。外でカレーを食べるとしたら、いわゆる食堂的なお店にいくか、蕎麦屋にいくしかなかったし、それらは小麦粉を使ったルウで作る日本風のカレーである。ルウで作るカレーではなく、スパイス・カレーを食べるとしたら、当時は新宿の中村屋か銀座のナイルレストランに行くしかなかった、と思う。
大学時代の僕は、小遣いは酒代に消えてしまうため、学食で100円だったカレーも食べることができなかった。どんぶり一杯30円のライスを買い、カレー・コーナーに置いてある無料の福神漬けとらっきょうをパラパラとかけ、ご飯と一緒に搔き込んでいた。カレーを食べている学生が羨ましかった。そんな日本のカレーではなく、僕はカレー圏の国々で、スパイスの奥の深さにはまったのだった。
インド、ネパール、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、国は違うとカレーもやはり趣が違う。中でもスリランカのカレーは、かなり他の国と違う。まず辛い。インドもかなり辛いが、インドの辛さには幅がある。しかしスリランカのカレーの辛さは、一点を集中して針で刺されるような辛さだ。しかしこの辛いカレーに合う食材があった。それはカツオである。島国スリランカは漁業が盛んで、カレーも当然のごとくフィッシュ・カレーが中心である。どんな魚もカレーにする。他の国でカレーと言えば、まずはチキン、次にマトンではないだろうか。僕はスリランカで初めてフィッシュ・カレーを経験し、その中でもカツオのカレーの旨さに驚いた。コロンボの外国人相手のお土産物屋さんで、数種類のスパイスを小分けして袋詰めにし、英語のレシピも入っているスリランカのカレー・キットを発見した僕は、恐る恐る買ってみた。市場で魚と野菜を買い、そのカレー・キットで作ったのが僕の初めてのスパイス・カレーだった。
そして今、僕はスパイスの宝庫として有名なザンジバルで仕事をしている。ザンジバルに行く度に沢山の種類のスパイスを買い込んで、我が家でスパイス・カレーを作る。それが楽しく、そして実に美味しい。今はインターネットの時代、スパイス・カレーのレシピなど、英語も含めればいくらでも出てくる。少しずつスパイスの調合を変えてみると、また違う味が楽しめる。しかし、スパイス1種類では何者にもならない。単なるタマネギとトマトの炒め物である。僕は8種類から10種類のスパイスを調合する。カレーとは、まさにスパイス・ハーモニーが織りなすアートだと思う。
だから・・・、って訳でもないけれど、宗教だって、人種だって、考え方だって、1つだけではないのだから、それらのハーモニーが地球なんだって考え方が、何でできないのかなあと思うのは僕だけではないと願いたい。